「裕次郎は、私の青春」
機屋で働く女性、通称「バッタンガール」たちに映画館の思い出を聞くと、たいていそんな言葉が帰ってくる。機織りで儲けた下吉田の人々のみならず、県外からも観光客が集まる歓楽街だった西裏には、小さな町にしては珍しく映画館が6つもあった。
松竹館、武蔵野館、富士国際、銀嶺シネマ、富士劇場、吉田劇場。洋画や邦画、子供向け映画などそれぞれの分野に特化した映画を上映していたのだ。そのほとんどはロードショーではなく、少し遅れたものを2.3本立て。それが当たり前だった。
西裏で遊ぶときのお気に入りのルートに、誰もが一箇所は映画館を組み込んだ。機屋の人々が仕事終わりに訪れることも多かったからか、22時からのナイトショーが充実し、とても混んでいたという。
下吉田の人々に尋ねれば、何かしら映画館の思い出が蘇る。
子どもたちにとっては、『路傍の石』や『二十四の瞳』、オリンピックの記録映画などを授業で観に来た場所。ある少年にとっては、『サンダーバード』に衝撃を受けた場所。そして、女性たちにとっては、オシャレをして裕次郎を追いかけた場所だ。
また、青年たちが振り返ると、映画館で売られていた「アイスキャンデー」の味が蘇る。今は使用禁止となった人工甘味料「サッカリン」を凍らせたもので、 砂糖の数百倍の甘さがあったらしい。
2階建てだった武蔵野館では、1階はロマンポルノを主に上映。ときおり2階でもポルノ上映があり、普通の映画の後にいきなり始まるポルノを、青年たちは密かに楽しみにしていたのだとか。