「今日も『ベル』、行くんだろ」

酒が飲めない男がいた。友人たちと西裏に通って初めて酒を飲み、自分は飲めない体質だと気付いた。それでも、西裏通いを止めることはしない。友人たちと毎週のように西裏へ。どのメニューも一律50円の食堂で食事をし、気が向けば映画を観て、西裏をぐるぐると回った。

中でも通い詰めたのは、今はなきバー『ベル』。店で働く5、6人の女の子のなかで、特に気が合う子がいたのだ。

仕事終わりまでノンアルコールを飲みながら待つ。最後に掃除まで手伝って、一緒に街に繰り出した。ダンスホールに行ったり、甲州高尾山で催される夜の祭りへ行ったこともある。

しかし、その終わりは突然だった。仲睦まじく歩く2人を見た知り合いが言った「あの子が、彼の良い人?」という言葉がきっかけだった。2人の間ではお付き合いしているなんて話は出ていなかった。だから彼女は、「あなたには他に“良い人”がいるのね」と勘違いしてしまったのだ。そのまま彼女はどこか遠くの地元へ帰って行った。

数十年経って、彼の電話が鳴った。ベルのママからだった。

「あの子、来てるよ」

ベルのドアを開けると、年を取っても変わらない彼女がいた。

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