「ねえ、どこから来たの?」
地元の人が通う店と、そうじゃない店、というのがある。新世界通りにある『Bar愛人』は、後者の店だった。地元の人たちも酔った勢いがなければ飛び込めない、ミステリアスなバー。
そういったバーを営むのは、地元民ではなく、どこか遠く、別の町から来た人が多かったという。ここでは、そんなバーと共に現れ消えた、ある転校生の女の子の話をしよう。
その子は、6月に突然やって来た。ちょっぴり背が高く、都会を感じるカラフルな洋服。クラスの女の子たちは遠巻きに見ていたが、男の子たちは好奇心たっぷりに話しかけた。
元気で気さくな彼女は、声をかけた少年に「お家に遊びに来て」と言う。ワクワクな気持ちでついていった場所は、西裏の飲み屋が立ち並ぶ裏通り。ここだよ、と女の子が入っていくドアには、バーの看板がかかっていた。
家に入ると、ボサボサ頭にパジャマ姿のお母さんが2階から下りてきて、くわえタバコでお店のカウンターにコーラとチョコレートを出してくれた。タバコとアルコールの匂い、女の子が話してくれた都会の大人びたストーリーに、少年は「大人の階段を登ってる」とドキドキした。
その後、夏が近づいてくると、クラスメイトたちの好奇心は少女から離れ、夏休みに向けられた。そして夏休み明けの始業式、彼女が転校したといきなり告げられた。
クラスの誰一人ともさよならを交わすことなく転校した女の子。少年が気になって彼女の家に行ってみると、新しい看板が「Bar愛人」とつけられていた。あの子は今、何してるんだろうか。