富士吉田市ができる合併前、月江寺の池のすぐそばには下吉田町役場があった。昭和26年(1951年)、富士吉田市になったときにその役目を失った役場は、学校の付帯施設として図書館になった。さらに、図書館の役割も終えたときにこの場所を引き継いだのが「ことばの教室」だ。今で言う養護学校のような存在で、障害のある子どもたちが、小学校に通いながら週に一回はここに通って勉強などをしていた。

平成8年(1996年)に「ことばの教室」が別の学校の校舎に移ってからは、ずっと空き家状態だった建物。平成12年(2000年)から平成21年(2009年)までの10年間、富士吉田でおこなわれた「まちがミュージアム」というイベントでは、この場所が観光案内所になり、このイベントの象徴的な建物として使われるなどした。

町中の空き家に現代美術の作家を呼び、空間をインスタレーションしてもらう「まちがミュージアム」。ことばの教室があった場所には、堀尾貞治さんという神戸出身の作家が入り、インスタレーションしていた。

そんな富士吉田をさまざまな姿で見守ってきた建物は、平成27年(2015年)頃に壊された。そのギリギリまでかかっていた「ことばの教室」のこの看板は捨てられることなく、今も歴史を伝えている。

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