熊本で味わうことに意味がある酒

とろっとした赤褐色の液体が、グラスに注がれる。顔を近づけてみると、清々しい木の香りと、甘い香りが鼻の奥に抜けた。一口飲んでみると、想像以上に甘い。ラム酒のようだけど、少しみりんのようでもある。このお酒は、古くから熊本に伝わる「赤酒」だ。平安時代から受け継がれてきたという赤酒は、江戸時代になると肥後細川藩の国酒として保護される。当時、これ以外のお酒の製造は禁止されていた。つまり江戸時代のおよそ260年の間、熊本では酒といえば赤酒だったのだ。

こうした国酒は江戸時代こそ全国にあったものの、今ではその多くが失われてしまった。赤酒も一時は清酒に押され、第二次世界大戦中には製造が禁じられてしまう。しかし、戦後になると復活を願う庶民の根強い声を受け、奇跡的に製造が再開した。

もう一口飲んでみる。やっぱり甘い。そういえば、熊本ではしょうゆも甘口だ。甘いものを求めるお国柄が息づいているのだろうか。

奇跡の復活を遂げた赤酒は、熊本の風土を、歴史を、今に伝えている。この酒はきっと、熊本で味わうから意味がある。

正月に飲む縁起のいいお酒として、熊本で親しまれている赤酒。川上酒店でも、年末年始になると赤酒を大量に仕入れるそうだ。熊本の人にとって赤酒は、新年に無病長寿を願う幸せな味として記憶されている。

「酒は記憶にしか残らない」。川上酒店の店主はそう話す。お話を聞きながら、それはかたちだけあって誰の記憶にも残らないものより、ずっと価値があるとも思う。戦後に赤酒が復活したのも、記憶に深く刻まれていたからだ。

酒と人々の生活は、切っても切り離せない。川上酒店ではお酒の力で、人と人を、人と地元の酒をつないでいる。店には、熊本で作られたものを中心に日本酒や焼酎、ワインがずらりと並ぶ。築100年を超える町屋を再利用した店内は、当時の暮らしを伝える立派な骨組みと現代風のレイアウトが共存し、今と昔が交差する。

「こんなお酒がほしいんですけど」と尋ねれば、店主が培った審美眼と豊富な知識で、ぴったりの一本を見つけてくれる。「熊本の酒蔵のものを」と一言添えれば、喜んで選んでくれるだろう。そうして、熊本のあたたかい記憶がまた一つ増えていく。

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