松田青果の左手に、大きな銀色の扉がある。これは「ムロ」と呼ばれる熟成貯蔵庫だ。海外から届いたバナナはこのムロの中で、「黄色いダイヤモンド」になっていく。その昔高級品だったバナナは、かつてそう呼ばれていたのだ。
ムロの秘密を取材するため、特別に中に入らせてもらった。バナナの入った段ボールが、箱と箱の間に規則正しく隙間を空けて積まれている。これは風通しをよくするため、人の手でこうして積んでいるそう。室温は13度と、少し肌寒い。今、このムロではフィリピンから運ばれてきたバナナを休ませているところで、輸送船の中と同じ温度にしているという。しっかり休ませたあとは、「バナチレン」という専用のガスをムロの中に充満させて熟成させていく。期間はおよそ1週間。店主はその間、何度もムロの温度や湿度を確かめ、時には風の流れを調整しながら熟成していく。
熟成の方法は、先代から受け継いだものもあれば、今の店主が考えたものもある。たくさんの知恵と想いが、ムロの中に満ちている。銀色の扉の奥にあるのは、バナナだけではないのだ。
店主が熟成の進んだバナナを手渡してくれた。長く、丸みを帯びた太いその一本を、言われた通りに勢いよく折ってみる。ぱきっ!と小気味良い音を立てて、バナナは綺麗に真っ二つに。これだけで、スーパーで売られているものとはひと味もふた味も違うことがわかる。
傷のない皮をむいて、クリーム色の身を頬張る。もっちりとした食感のあと、爽やかな甘酸っぱさが口の中に広がった。手間をかけたフルーツの味はこうも違うのか。思わずうなってしまうほどおいしい。
バナナが高級品だった頃、松田青果のような専門店はたくさんあったという。そんな専門店も今となっては全国的に珍しい存在になった。「個人経営のバナナ屋で3代続いているのはうちくらいのもんだ。これも一種の奇跡かもしれんね」と、松田青果の店主は語る。
どうしてこの店だけが続いたと思いますか。そう尋ねると、「バナナをうまくしようという執念があった」と返ってきた。甘みを引き出しながら熟成させるために試行錯誤を惜しまなかったし、売り上げが悪くなった時代には先代が寝ずに働く時もあったという。そうやって、今もこの店が続いている。
「子ども育てるのもバナナ育てるのも同じ。20年か1週間の違いだけで、育てていく過程はほとんど変わらんよ」。店主は、特別なことは何もないようにそう話す。それが当たり前という佇まいに、かえってバナナへの強い愛を見た。