夏の暑い日や風呂上がり、きんきんに冷えたビールをごくごくと飲み干す。大手メーカーのラガービールはそうしてのどごしを楽しむイメージがあるが、クラフトビールは「冷えているほどおいしい」とは、限らない。
なぜなら、温度が低すぎるとビール本来の香りや味を感じにくくなってしまうから。甘さとコクのあるエール系のビールは、少し温度が上がったほうが風味が際立つのだ。
鍵屋醸造所の「Mellow Yellow IPA」は、まさにそんなビール。イギリスのボブ・ディランと呼ばれるシンガーソングライター、ドノヴァンの代表曲からインスピレーションを受けてデザインしたレシピは、フルーティな香りと乳糖の甘さが際立つ一杯だ。タップから注いだ時の温度は6度だが、オーナーいわくこのビールの味をもっとも堪能できる温度は、11度から12度。そのためには、ビールが注がれたあと、レコードでちょうど1曲聴き終わるまで待つのがベストだ。
すぐ飲みたい気持ちをぐっとこらえて、音楽に体を委ねてみよう。その数分が、ビールの風味も、バーで過ごす時間も、ずっと豊かなものにしてくれる。
鍵屋醸造所のオーナーは若い頃バンドでギターを弾いていて、イギリスでレーベルと契約していたこともあったという。音楽活動のため4年ほどイギリスで暮らす中で、ビアパブの気安い雰囲気に惹かれた。ブルワリーのコンセプトは、「人と人をつなぐ鍵になるビールを造ること」。老若男女が会話を楽しむきっかけになるビールを造りたい、そんな思いも込めている。
鍵屋醸造所のビールは、直営のビアバー、Cafe CLUB KEYで飲むことができる。店内の壁紙はイギリスから取り寄せたもの。ブリティッシュスタイルの店内で過ごしていると、店の前の石畳とあいまって、本当に英国にいる気分になってくる。
店ではチューリップグラスや大きな1パイントグラスを手に、誰もが思い思いの時間を過ごす。そこでは、人々は急いでビールを飲み干すことはしない。ぬるくなっても、ビールが変わらずおいしいことを知っているからだ。
そういえば、オーナーからこんな話を聞いた。「Mellow Yellow IPA」の名前の由来はドノヴァンの他にもう一つあって、それはコカ・コーラが発売している黄色いラベルの炭酸飲料「メローイエロー」。「なつかしい雰囲気の飲み物で、それがきっかけで会話が弾めばと思っていたんです。そうしたらある日、メローイエローを作ったというアメリカ人のお客さんが来たことがあったんですよ」。まさに、ビールで人と人がつながった絶好のエピソードだ。