飲み比べるなら浅瀬から深海へ

見慣れた黄金色から鮮やかなオレンジ、どっしりとした黒色まで。個性豊かな色はクラフトビールの魅力の一つだ。この色は、味にも関係している。一般的には薄い色のビールほど爽やかで飲みやすく、濃いほど味が重くなる。アルコールの度数も、色が濃い方が高くなる傾向にある。複数のビールを飲み比べる時は、浅瀬から深海へ潜るように、淡い色から濃い色へ飲み進めるのがベター。そうすると、味わいの変化をしっかり感じることができる。

万葉集にあるクジラの古語「勇魚(イサナ)」を名前に掲げたイサナブルーイング。これは、イサナブルーイングのある昭島市で200万年前のクジラの全身骨格が出土していることに由来する。海から遠く離れた昭島でクジラとは意外だが、200万年前のこのあたりは海の底だったのだ。

そのイサナブルーイングのフラッグシップビールが、「とりあえずビター」。ビターとはペールエールのスタイルの一種。このビールが登場した19世紀には苦味の控えめなマイルドエールが主流だったためこう呼ばれているけれど、現在ではむしろ一般的なビールと比べて苦みが少なく、甘さが際立つものも多い。「とりあえずビター」も、麦の香る優しい味だ。

ビールの色は淡い褐色で、最初の一杯にぴったり。「とりあえずビール!」ならぬ「とりあえずビター!」で、飲み比べをはじめてみよう。

東京都の自治体では唯一地下水のみを水源としている昭島市。その清らかな水質は、ビール作りでも大いに生かされているという。

「とりあえずビター」は、イサナブルーイングがはじめに醸造したビール。ビターというスタイルは度数が低く淡い色のボーイズビターから、アルコールが強く暗い琥珀色のプレミアムビターまで幅が広い。このビールは2番目に優しい飲み口のオーディナリー・ビターだ。

「ロンドンのビアバーをめぐっていた時、優しい麦の香りがするビールが好きになりました。ブルワリーを立ち上げて、フラッグシップビールを考えていた時、思い出したのがあの時に飲んだ優しいエールだったんです」とオーナー。さらに、炭酸が少ないことも優しい印象を強めている。

「昔のイギリスでは今のように炭酸ガスを閉じ込めておける設備がなかったので、ビールに炭酸がほとんど入っていなかったと考えられます。その味をイメージして、とりあえずビターはあえて炭酸を弱めにしています。だからごくごく飲むこともできるし、ゆっくり味わうこともできる。『こんなビールがあるんだ!』と驚かれることもありますね」。ビターだけど苦くない、ビールだけど炭酸が少ない。意外な話にも、ちゃんと理由があるのだ。昭島とクジラのつながりのように。

Next Contents

Select language