お酒が飲みたくなって「勝山酒店」という店に入った。カウンターとテーブルがあり、客が立っている。「立ち飲み屋だな」と思った。

店員がコップを渡してくれた。内装を見渡すと、居酒屋というより酒屋のようだ。ワインセラーや冷蔵庫もある。尋ねると、好きなものを取ってきて後から支払うシステムだと店員が説明してくれた。

カウンターに一人分のスペースがあった。缶ビールと、飾られるように配置されたおつまみのお菓子を持ってカウンターに置くと、隣にいた女性が話しかけてきた。

「涼しくなってきたねえ」

私の住んでいる都会では、知らない人から話しかけられるなんてない。驚きながら彼女の手元に目をやると、グラスになみなみに注がれた日本酒を飲んでいた。

「もしかして角打ち、初めて?」

かくうち…って、何だろう?

「立ち飲みのことですか?」

女性は笑った。よく見ると彼女はスーツ姿…なるほど、仕事帰りなのだ。

「酒屋でぱっと飲んでぱっと帰る。立ってても座ってても関係ないよ。長居もせんし、、連れだって行かないのが鉄則。それが角打ちっちゃ」

見回すと、勝山酒店で座って飲んでいる人もいる。立ち飲み居酒屋じゃないんだ。

「長居しないってことは、何軒も回ることもあるんですか?」

「たまにはね。昔、北九州は工場地帯が盛んで、各地から労働者が集まって精一杯働いた。それで仕事のあとに一杯ひっかけて、明日も頑張ろうって気持ちになって帰ったんだよ。それがだんだん北九州全体の角打ち文化になったみたい。明日はどこ行くん?」

「明日は製鉄所のある八幡に」

「あの辺にもおいしい店があるけん。そこはね…」

女性は地元の人しか知らない名店を教えてくれた。それから、そろそろ行くねと言って店員を呼んだ。

日本酒グラス一杯で、250円程度。安さにびっくりしていると、女性が微笑んだ。

「だから言ったでしょ。私は角打ちが大好きだって」

笑顔が心に残る。働いた後のはずなのに、その表情に疲れは見えなかった。

Next Contents

Select language