この書にたどり着く前に、エントランスの壁面の前で足を止めた人はいるだろうか。実は、壁面に使われている灰色の石は花崗岩で、飛鳥にある石舞台と同じもの。石舞台は奈良という物語のはじまりの地であり、そこから平城京へ、平安京へと移りゆく時代の変革期、その舞台となったのが奈良である。そんな激動の時代に仏教を通して花開いたのが天平文化。中でも「書」は代表的なもので、人々が木ではなく紙に文字や絵を書きはじめる転換点となった。天平と書は切っても切り離せないものなのだ。
エントランスから既にはじまっていた物語。ホテルにあるいろいろな物からあらためて奈良の、天平の文化を感じてみてほしい。ホテルの客室にある書の作品もそう。壁自体を和紙にすることで、直接「書」が書けることにこだわった。それは作者がその部屋で感じたことをその場で書いてもらい、のちにその部屋を訪れる人との共感の物語を生み出すため。ホテルの中だけではない。奈良を訪れたならば、歩く速度をゆるめ、ふと足を止めてまわりを見渡してみてほしい。そうすることで奈良に都があった理由が、その時代の息吹が、自分だけの気づきが生まれるかもしれない。
そんな旅の起点となる「ホテル天平ならまち」の「天平」の書。作者は「平」の字の真ん中の縦線に筆の命をこめたという。果たして、あなたは旅の終わりにこの書とどんなふうに向き合うことになるのだろうか。