この書には「まもりざる」と書かれている。しかし、“けものへん”の猿ではない。“庚申の日”の申である。では、庚申の日とは何か。そのことを知るには「三尸(さんし)」と呼ばれる虫について語らねばならない。

三尸とは、人間の体の中にいるといわれる悪い虫。その虫は、60日ごとにやってくる「庚申の日」になると、人間が寝ているあいだに体の中から抜け出して、神様に告げ口をしにいく。告げ口の内容とは、その人が過去に行ってきた悪いこと。どんなに清く正しく生きていても、悪いことをひとつもしていないとは言い切れない。誰もが三尸の虫を恐れ、神様に告げ口をされては困るということで、庚申の日は寝ないで過ごしたものだという。

そして、人類はさらなる対抗手段を発明する。一説によると「猿が毛づくろいをする姿は、虫を食べているように見える」ということで、家の軒先に猿の人形を吊るしておけば、三尸の虫を食べてもらえると言われるようになったのだ。奈良町を歩いているとよく見かける、赤い玉のようなお守りは、実は猿をあらわしていて「身代わり猿」と呼ばれている。

この書の、どことなく丸みを帯びた書体は、猿の姿をあらわしているのだろうか。それでいて、この書を掲げておけば、悪い虫から守ってくれそうな力強さも感じる。署名から薬師寺のお坊さんが書いたもので、古い蔵を整理していたときに出てきたらしい。

奈良は庚申さんの町。きっと、どこかのお堂で大切に掲げられていた書なのだろう。

※庚申(かのえさる)とは十干十二支の60通りの1日を指す。奈良時代に疫病が流行した時、元興寺の金堂の南西に吉祥堂という仏堂(小塔院ともいう)があり、そこの護命僧正が、疫病退散を祈っている時に降りてきたのが青面金剛といわれている。その日が庚申の年・庚申の月・庚申の日であった為、今でも年に6回ある庚申日には、青面金剛に疫病退散を祈り、日本の文化として受け継がれている。

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