門をくぐると、見つめ合うお坊さんと子どもの像がある。この寺にまつわる、とある父と息子の物語の一場面だ。
この世に無常を感じていた父親は、妊娠中の妻を残して高野山へと出家した。妻はその間に男の子を産み、石童丸と名付けた。すくすくと育った石童丸はある日、母親と一緒に父に会いにいく。しかし、高野山は女人禁制。石童丸は母を山麓に置いて、一人で顔も分からない父親を訪ね回った。
「あなたは、私の父親ではありませんか?」。そう訊ねた修行僧の一人に、父親がいた。父親は、石童丸が息子だとはっきり気づいた。しかし自分は家族を捨てたのだからと、正直に告げることができない。「あなたの父は死にました」。涙をこらえて、父はそう嘘をついた。そして、肩を落として帰っていく息子を見送ったのだった。
高野山を下りた石童丸は、さらなる悲劇に遭遇する。長い道のりで疲れ果てた母親が、そこで亡くなっていたのだ。身寄りをなくした石童丸は、出家を決意する。頭に浮かんだのは、あの修行僧の顔。こうしてお互いを親子だと明かさないまま、不思議な師弟関係がはじまった。
何年も経ったある日、父親は夢を見た。善光寺の阿弥陀様が、私のもとへ来なさいと言うのだ。父親は不思議に思いながらも、さっそく善光寺を訪れた。そうして毎日お参りをする中で、父親は自分の心が素直になっていくのを感じていた。ここなら、ありのままに生きていけるかもしれない。石童丸が訪ねてきたら、自分が父親だと伝えてみよう。父親は、阿弥陀様が自分を呼んだのは、この思いに気づかせるためだったのだと感じた。
思いを胸に暮らしていた父親だったが、石童丸が高野山で修行を積んでいる最中に亡くなってしまった。石童丸はその死を、夢に現れた阿弥陀様のお告げで知る。石童丸は善光寺をお参りしたあと、近くのこの寺に父の墓を建てた。
石童丸、父親、母親。生きている時に揃うことがなかった3人は、今は並んで眠っている。父親の墓は善光寺大地震で一度崩れてしまったが、もとは石童丸と同じ、九重の塔だったそうだ。