弥次喜多が見た心中未遂

ここは、400年の歴史を持つ御本陣藤屋。御本陣とはもっとも格式高い宿で、偉い殿様が泊まる場所だ。藤屋は名だたる大名たちが利用した宿で、明治時代に現在の建物になってからも、福沢諭吉、渋沢栄一ら数々の著名人が泊まったという。

『東海道中膝栗毛』で人気のキャラクター、弥次さん喜多さんも善光寺を訪れている。もちろん、江戸っ子の庶民だった二人が藤屋に泊まれるはずはない。彼らは門前の小さな宿に泊まったそうだ。

二人が宿でくつろいでいると、隣の部屋でなにやら男女の話し声がする。喜多さんがそっとふすまの隙間から覗いてみると、この宿の娘と泊まっていた若い男が、ひそひそと何かを話していた。どうやら二人は恋に落ちたが、娘には許婚がいて、男は借金を踏み倒して国から逃げて来た身。結ばれることができないのなら、いっそ二人で心中しようと誓いあっていた。

外に出ていく二人を、喜多さんは面白半分で追いかけた。しかし庭へ出てみても、二人の姿は見当たらない。きょろきょろと見渡していると足音がして、焦って木の上によじのぼった。やってきたのはあの二人。喜多さんに気付かないまま、二人は木の下で愛の言葉を交わした。男が、意を決して小刀を振りかざす。すると、その切先が喜多さんの足元をかすめた。

驚いた喜多さん、思わず木から滑り落ちてしまった。いきなり現れた謎の男に、二人は大慌て。騒ぎを聞きつけた宿の人たちがやってきて、二人の心中は未遂に終わった。喜多さんと、ついでに弥次さんは宿の主人から娘の命の恩人だと感謝され、まるで殿様のようなもてなしを受けたそうだ。

Next Contents

Select language