亡くなったはずの妻と一緒に

ここに三丁の丁石があるが、丁石はこれが最後。十八丁の道のりも、いよいよ終わりが近づいてきた。

昔は、はるばる長い距離を旅するのは大変なことだった。途中で行き倒れる人も少なくなかったそうだ。特に善光寺に来るには険しい峠を越えねばならず、万が一の時にきちんと葬ってもらえるよう、そのためのお金を懐に忍ばせておくのがならわしだったという。

こんな話も伝わっている。ある時、若い夫婦が生まれたばかりの子どもを連れて、長崎から善光寺参りへと向かっていた。長崎からの徒歩の旅は、もともと体が弱かった妻には厳しかった。妻は途中で病気をこじらせ、そのまま亡くなってしまったという。残された夫は、子どもを背負いそれでも善光寺を目指した。乳をほしがって泣く子をあやし、時には通りすがりの女性にお乳をもらうこともあった。

連日歩き続けて、ようやく善光寺のそばまでやってきた時。気づくと、夫の横に亡くなった妻が立っていた。妻は静かに子どもを抱くと、自分のお乳を与えはじめた。何も言わず、子どもを抱いて歩き出す妻を、夫も黙って追いかける。歩いて歩いて、たどり着いたのは善光寺の本堂。叶わないはずの家族揃ってのお参りを、こうして果たすことができた。お参りを終えると、妻は子どもを夫に渡し、微笑みながら消えていった。

阿弥陀様のおかげだと感激した男は、この奇跡を大きな絵馬にし、善光寺に納めた。この話はたちまち評判になり、参拝者たちに語り継がれたという。

この先は、いよいよ善光寺の境内。阿弥陀様の前で、あなたは何を祈るのか。心を整えて、先へ進もう。

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