萩原カンナ(チアンセン・テアッケナー)さん
1970年、プノンペン生まれ/神奈川県在住

1980年に共に来日した最初のカンボジア人難民は15名、そのうちの6名がテアッケナーの家族だった。この写真は来日後、40年の年に撮影された。

2020年の初め、日本で『Alive』第4章の制作中のことである。その時、テアッケナーの祖母(「アーマー」[ 中華系であったため、中国語で「祖母」を意味する ]と呼ばれていた)は高齢者施設に滞在していた。私たちは家族写真を撮影する場所が使えるようにその施設にお願いする必要があった。

私は彼らが成田国際空港に到着した時の写真を目にした。その時、何だか喜ばしくてたまらなかった。撮影中、「皆さん、どんなお気持ちですか?」と私は聞くようになっていた。彼らの表情に自然と笑みが浮かんだ。その後、ある高齢者施設の職員が新型コロナウィルスに感染したという報道をきっかけに、あらゆる高齢者施設が家族の訪問を受け入れなくなっていた。

記録として私がこの写真を撮影することができた良い機会となった。

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