明治時代になって西洋の文化を目にした日本人は次々と虜になっていった。みんな珍しいものが見たかった。海外文化や技術の見本市会場となっていた当時の浅草には見世物小屋が建ち並んだが、その中でもひときわ大きく最先端の技術を取り入れた娯楽施設として「パノラマ館」が誕生した。
このころ、日本人にとって絵といえば日本画で平面的なものだった。ところが、日本人はパノラマ館ではじめて油絵を目の当たりにした。遠近法による立体的でリアルな絵画。それも、パノラマ館ならではの360°の巨大なスケールで。それはもはや劇場だった。
当時のパノラマ館には何が描かれていたのか。実は、戦争画である。折りしも日本が日清戦争に勝利した時代と重なり、劇場にふさわしいドラマチックなテーマとして戦争画が選ばれた。まだまだ娯楽の少ない時代である。大好評を博して全国にパノラマ館が建てられた。ここ香川にも、こんぴらさんのある琴平にパノラマ館があったという。
今回、作者は屋島でパノラマ館をつくるにあたり、平家物語の源平合戦をテーマに選んだ。昔、琴平にあったパノラマ館のテーマは日清戦争の戦争画であったと言われているが、たくさんの観光客がパノラマ館を目指して集まっていた。そんな光景をもう一度、香川に蘇らせよう。琴平と同じ観光地である屋島に賑わいを取り戻そう。そんな願いをこめて制作に取り組んだという。
パノラマ館を構成するものとは何か。あらためて整理すると「油絵」「物語」「ジオラマ」という3つのキーワードが挙げられる。
まずは「油絵」であること。油絵の起源は「目で見たものをそっくりそのまま写し取ろうとした」というリアリズム。遠近法などの油絵の技術が最も生きるのがパノラマ館であり、油絵にしかできない表現でもある。屋島のパノラマ館は油絵の本来の技術をそのままよみがえらせた「パノラマ館再現プロジェクト」となっている。
次に「物語」があること。パノラマ館では画面が横に横にと移り変わる。絵巻物のようにシーンがつながり、180°ないし360°の画面を時間の流れとともに物語として味わう作品である。いわば、映画館は座っていれば画面が動くが、パノラマ館は自身が動くことで画面が展開する。その意味ではムービーの原点と言えるのかもしれない。
そして、「ジオラマ」があること。絵画の手前に木や岩のような立体物がある。それが絵の中の世界とシームレスにつながっている。ジオラマは置けばよいという話ではなく、立体物を置いた上で影の色を塗るなど、絵画の遠近法の一部となるように緻密な計算がなされている。そうして、だまし絵のような効果を生んでいるのがパノラマ館の特徴である。
パノラマ館は映像や写真で見ても伝わらない。実際に身体で体験しないと感じることのできない作品である。はじめに視界を暗くしたことにも理由がある。実は、朝と昼と夜の3つのシーンでライティングを変えている。その最初のシーンである朝、目覚めたときに眩しいなと感じる、あの朝日の感覚で朝のシーンを見てもらいたい。そのために外界の光をリセットしてもらう必要があったのだ。そうした演出もパノラマ館ならではと言えよう。
明治時代に一世を風靡した日本のパノラマ館であったが、映画館が誕生すると取って代わられるように閉館が進み国内では姿を消した。世界にはポーランドの「ラツワヴィツェパノラマ博物館」を始め、現存するパノラマ館は少なくない。2022年、長い時を経てここ屋島に日本で唯一のパノラマ館が再び誕生した。
まるで現実の風景ではないかと思うくらいリアルで、自分がその戦場に立っているような気分になる。このパノラマ館「屋島での夜の夢」で、驚きを持ち帰ってもらえたらと思う。