与一は見事、扇の的を射抜いた。
それは、戦の行方を占う余興のようなもので、貴族のように暮らしていた平家らしいアイデアだった。そのせいか、射抜かれた側の平家もお祭り騒ぎ。扇の的を乗せていた小舟の上に、どこからか平家の老いた武士があらわれて踊りはじめた。が、それを見た義経は与一に命じる。
「あいつを討て」
なんて無慈悲な。義経以外は誰もがそう思ったことだろう。しかし、与一は再び弓矢を引いた。扇の的を射抜いた与一が外すはずはない。あわれ老いた武士は致命傷を負い、戦の掟に反した行為に平家は激怒。仕返しとばかりに放った矢が、源氏の美尾屋十郎の馬に命中した。十郎は馬からころげ落ち、それが合図となって、休戦中だったはずのその場は再び戦場と化した。
水しぶきがあがる。馬のない十郎に向かい、波をけって平家の武士が突き進んだ。彼は逃げる十郎の兜をつかみ、糸が切れ、十郎の兜の一部分である錣が引きちぎられた。
「我こそは都で名高い悪七兵衛景清!」
景清は誇り高く名乗りを上げた。味方を殺された平家の明日の戦に向けての士気は、景清の叫びによって再び上がり、彼らは意気揚々と引き上げた。
翌朝、屋島の戦いは苛烈さを増す。
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この場所にある錣引き跡の碑は、のちの時代に埋め立てられ、波打ち際ではなくなった今でも、景清と十郎の一騎打ちの物語を伝えている。