漁師たちが隅田川で拾った仏像。それは、観音様だった。村長はその船着場に最初のお堂を建てました。

浅草といえば「雷門」。しかし、その前に「駒形堂」から旅をはじめるのがオツである。

なぜなら駒形堂は浅草寺、発祥の地。隅田川で仏像を拾いあげた漁師・檜前浜成(ひのくまのはまなり)と竹成(たけなり)が上陸した場所であり、村長・土師中知(はじのなかとも)が最初のお堂を建てた場所である。

村長は十人の草刈り童子=農民と一緒にこれを建てたと言われており、浅草寺ははじまりからして庶民的。貴族や高僧ではなく、漁師や農民によって建てられた。それゆえ、大漁や五穀豊穣を祈るところとなったのだ。

ちなみに、最初の雷門はこの地にあったとされ、江戸時代はここを船着場として、まず駒形堂を拝んでから観音堂に向かったと伝えられている。

さぁ、浅草寺はじまりの物語をめくってみよう。

Next Contents

Select language