元禄16年(1703)に建てられたと伝わる観音礼拝所の跡です。岩肌には、観音菩薩を表す梵字が刻まれています。 一説には、20代島津綱貴の正室・鶴姫が、赤穂事件(赤穂浪士の討ち入り)で討たれた父・吉良上野介を弔うことを願って建てられたものといわれています。実際には事件より前に婚姻が解消されており、伝承との食い違いもみられますが、現在も毎年12月15日には「吉良上野介慰霊祭」が執り行われています。
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