赤ハゲ山の頂上に向かう途中に、後醍醐天皇が暮らした「宇類美坊」というお寺の跡地が見える。そのとき、後醍醐天皇は「宇類美坊」に新しい名前をつけた。それが「松養寺」。赤ハゲ山には当時、松の木が美しい庭があったことから松養寺と名付けたといわれている。
松養寺のご本尊である「木像立像」もまた後醍醐天皇が持ってきたといわれているが、もうひとつ。
松養寺には古くから25cmほどの真っ黒にすすけた竹の器が残されており、中には竹で作られた「歓喜仏」が入っていた。あきらかに男女の関係をあらわしているその仏像は、400年前に中国で流行した御神体らしいが、焼き物や木で作られているものはあるせよ、竹を彫って作られたものはたいそうめずらしいという。
年に一度、ご本尊がご開帳されるときは、この竹の器もご開帳されている。が、今回は特別に器を開けて「歓喜仏」の写真を撮らせていただいた。次の写真を見ながら、どのような仏様なのか想像してみてほしい。