職人にとって機械は資産。ある時はけずり、ある時は切断する。金属を材料とする製品は日常生活のあらゆる分野に存在している。
小さなものではスマートフォンや時計、家電製品などに必要な精密部品。大きいものでは自動車や航空機、船などの移動手段など。それら全てのものは機械と職人の技で生み出されているのだ。
風除室に大きな機械が見えるだろう。これは旋盤といって、金属を削りだす機械。
これは廃業した工場から譲り受けたもので、正確な年代は分からないが、1850年代の英式旋盤の形を残す、大変古いものだ。
旋盤を整備した株式会社コトブキの代表・馬場三高さんは「昔、旋盤はどこの工場でも使われていた」と話す。また、高度経済成長期(1950年代)には「旋盤を1台買えば家が建つ」といわれていたという。
当時はそれだけ仕事が多く、作れば稼ぐことができた。工場経営は夢のある仕事で、若者は借金をしてでも旋盤を買い、工場を開業していった。
その結果、ものづくりの町・大田区ができあがったのだ。
工場の数はピーク時の1983年で9000以上。工場の活動を支えたのは、職人の技術と旋盤のような工作機械だったという。大田区のものづくりは緻密さが命。「5/1000mm(これは髪の毛よりも細い)」の狂いも許されない精密さが要求される。その作業を支えるのが、機械というわけ。
株式会社コトブキは、職人の相棒となる工作機械を整備して販売している。数ある組み立て技術の中でも要とされるのが、「キサゲ」と呼ばれる仕上げ加工だ。これらによって施された独特かつ極めて浅い多数の凹みが油だまりとなるため、可動部がスムーズに動く。
旋盤のベッド部分(銀色に輝くレールのような箇所)を見てみよう。表面にうっすらと模様が残っているはずだ。これがキサゲの跡である。
機械加工では不可能な絶妙な調整を可能にするのは、職人の技。その技があるからこそ、ものづくりは成り立っているのだろう。
次はホテルのレセプション横に向かってみよう。そこには、1~6の数字パネルがある。これはホテルの各階表示としてつくられたオブジェを解説したもの。それぞれ蒲田の工場が製作し、日本のものづくりをリードする高い技術が使われている。
職人たちは機材を使ってどのような製品を生みだしたのだろうか? まずは6階表示から解説をはじめたい。