素材には人と同様に個性がある。その声に耳を傾けるのも職人の仕事だ。

3階の表示は10枚のアクリル版を貼り合わせ、けずり出してつくられた。それは地層のように重なり、小さなランドスケープをつくっている。

製作を担当したのは、樹脂の接着やけずりを専門に手がける「日新電気」。工場は住宅街にあり、外観は一軒家のようだ。

同社では製造機械や医療用ピンセットのパーツなど、精密さや堅牢さが求められる製品を日々手がけている。作られた部品は宇宙ステーションやサハラ砂漠の油田開発に使われることもあり、世界各地の技術開発を支えている。

ここで、日新電気の技術力がうかがえるポイントを解説しよう。

3階表示を見てみると、気泡がひとつも入っていないのに気づくだろう。こうした樹脂は接着剤で貼りあわされるが、素人がやれば間に空気が入ってしまい、仕上がりが汚くなる。

同社はこの問題を独自の技術でクリアしているわけだ。

高い技術力がうかがえる点がもうひとつ。それはけずりの作業である。

日新電気代表の奥山隆行さんは「加工時には素材の声を聞きます」と話す。

「樹脂を加工する際は、マシニングセンターと呼ばれる機械に3Dデータを入力し、回転する刃物でけずっていきます。この時、刃の回転が速すぎると、樹脂が欠けたり溶けたりしちゃうんです。『悲鳴をあげる』と例えたらいいんでしょうか。けずる音で高くなるんですよ。そういう時は樹脂の声を聞いて、ストレスがかからないようにゆっくりけずります。そうするとうまくいくんです」。

今回の製作でも樹脂が悲鳴をあげた時があったそうだが、都度設定を変更し、十数時間をかけて完成までこぎつけたようだ。

ところで、奥山さんの聞き上手は人に対しても活かされている。町工場は客商売。お客さんの要望を聞き取り、製品をつくらなければいけない。

日新電気はメーカーだけでなく、一般のお客さんからも発注をうけていて、図面がない場合は代行してつくることもあるそうだ。

こうした親身な態度が評判になり、リピーターになるお客さんも多いという。

奥山さんは外出先で樹脂製品を見かけると、思わず観察してしまうほどの仕事好き。そして、よく話し、よく笑う人だ。おそらく仕事も人も大好きなのだろう。

町工場の職人さんといえば、寡黙で頑固な人というイメージを抱いてしまう。しかし、奥山さんをはじめ、今回取材させてもらった職人さんはいずれも腰が低く、にこやかな人ばかりだった。

普段は接点がない町工場だが、現場に行けば異なるものが見えてくる。

現場といえば、工場で感じる高揚感の話をしていなかった。大きくて重厚な機械はシンプルにかっこいい。話の続きは「2」のオブジェの前で続けよう。

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