これは、使い込まれて深く削られた熊楠の硯を見て歌われたものです。昭和16年(1941年)12月29日、熊楠は《硯箱》のようないくつかの遺品と、膨大な標本と書物とを残してこの世を去りました。74歳でした。亡くなるその日、熊楠はこんな言葉を漏らしました。

「天井に紫の花が一面に咲いて実に気分が良い。頼むから今日は決して医者を呼ばないでくれ。医者が来ればすぐ天井の花が消えてしまうから」

生前、熊楠が《脳の解剖依頼》をした通りに、その脳は取り出されて大阪大学医学部に現在も保存されています。側頭葉奥の海馬に萎縮が見られたといいますが、それが熊楠の狂気のような天才を生み出していたのでしょうか。

後に民俗学者の柳田國男は、熊楠は日本人の可能性の極限だと語っています。

「国の再興を大いなる夢として、かつかつ生き続けて居る人々にとつては、南方熊楠は大切な現象であり、又一つの事件でもあつた。是だけは忘れてしまふことが出来ない」

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