輝きを放つ、幸福な時代の逸品

象嵌とは、鉄や木などの表面に金銀をはめこんで、さまざまな装飾を施す工芸品のこと。肥後象嵌はもともと、文化人として知られる細川忠興が職人に刀の鍔を作らせたことがはじまりとされている。

ガラスケースの中には、先代の職人たちが生み出した象嵌作品が並ぶ。4代目となる現在の当主に一番すごいと思う作品を尋ねると、肥後象嵌光助の初代が作った刀の鍔を挙げてくれた。細くて湾曲した鍔の側面に象嵌を施すのは高い技術が必要なこと。ただでさえ難しい側面に、「二重唐草」というさらに難しい技術を用いていること。まだ機械のない時代に、鉄を掘り抜いて透かしを作るのは大変な時間がかかること……。ここまで手間をかけた逸品はとても作れないと、当主は語る。技術は受け継がれているが、需要が当時と今では大きく異なるからだ。

優れた技術と、象嵌の需要の高さ。その二つが揃った幸福な時代に、奇跡的に作られたのがこの鍔だ。それは、時代の変化を経てますます強く輝く。

戦国時代には刀身から自分の手を保護するためのものだった鍔。江戸時代になり戦がなくなると、そうした実用的なものから、武士のステータスを誇るものへと変化していったという。

時代によって鍔が役割を変えていくように、象嵌によって作られる品もどんどん変わっていく。明治9年の廃刀令で鍔の需要がなくなると、光助ではキセルや香炉など、庶民が使う商品を作るようになる。昭和には新婚旅行ブームが起こり、ペンダントのような装飾品が飛ぶように売れた。

光助の店舗では、今でもペンダントなどの日用品を多く販売する。それだけでなく、従来の肥後象嵌の枠にとらわれないものづくりにも挑戦している。象嵌を施した万年筆はG7伊勢志摩サミットで日本から各国首脳への贈答品になったほか、2019年に熊本で開催された女子ハンドボール世界選手権では、鍔の上に象嵌で桜の模様を施したメダルを製作。さらに、最近では象嵌を施したワイングラスの製作にも乗り出している。

初代が制作した鍔には二重唐草が描かれていた。唐草模様は蔓がどこまでも伸びていく姿から、繁栄や長寿の象徴だったという。形を変えながら発展を続ける光助の歴史は、そんな力強い唐草模様と重なる。

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